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お賽銭はいくら入れると願い事が叶う?初詣のお賽銭はいくら?

      2017/10/06

初詣でお賽銭の額はいくらにすると縁起が良いかな?と考えませんか?

だいたいいつもお財布に入っている5円玉などの小銭をお賽銭にしている方も多いでしょうね。

神様へ願い事があるときは特に奮発していつもの10倍、100倍の額のお賽銭を入れることもあるでしょう。

では神社のお賽銭はいくらお供えすると願い事が叶いやすいのでしょうか?

お賽銭の意味などからまとめてみました。

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お賽銭は語呂合わせの5円が人気

神社へのお賽銭でもっとも使われやすいのが5円

この5円玉がお賽銭として人気なのはやはりその語呂合わせで良い意味があり、人々の認識が広がってきたこともあるでしょうね。

  • 1枚=5円。「ご縁があるように」
  • 2枚=10円。重ねると「重ね重ねご縁があるように」
    (また逆に「ご縁が遠(10)のく」の意味も作れます。)
  • 3枚=15円(じゅうごえん))。「十分なご縁があるように」
  • 4枚=20円、または415円で「良いご縁があるように」

415円は突然5円玉で供えるのが難しいとは思いますが、翌年のお賽銭用にコツコツと5円玉貯金をしておくと良いですね。

縁起の良い言葉と5円を結び付けて語呂合わせをしていくと、思いつく限り延々と続けることができます。

5円は「ご縁」と音が同じで、穴が開いて先の見通しが良い、気軽に差し出しやすい金額などの理由で人気のお賽銭です。

でもこの縁起担ぎの語呂合わせで導かれたお賽銭の金額と願いが叶うことに関係はありません

初詣のお賽銭の金額は?

お賽銭としては不動の人気を誇る5円ですが、初詣の時はどうやらそのチャンピオンの座を他に譲り渡す傾向があります。

やはり初詣となれば年頭の祈願ですから特別感のあるお賽銭を多くのかたが供えるようです。

大手ネットワーク会社の調べでは、初詣のお賽銭に一番使われるのは100円という結果が出ました。

いつもはお財布に入った小銭の5円をお賽銭箱に入れるだけでも、年初だけは「奮発して100円!」という方が多いのですね。

5円玉は普段使い、100円や500円の銀色硬貨は「特別な日」のお賽銭ということでしょう。

確かにお賽銭箱に5円を入れるよりは大きな金額の100円の方が初詣で新年の幸先良いスタートが切れるような気持ちになるのは不思議です。

でも、先ほどと同じくこのお賽銭の金額の多少で願い事がかなう、かなわないという結果が左右されることはありません

そもそもお賽銭とは神様に願い事を聞いてもらう代価ではないのです。

そして初詣は神様に、

  • 「~になれますように」
  • 「~が手に入りますように」
  • 「~がうまく行きますように」

とお願いごとを聞いてもらうお参りではありません。

本来は普段の参詣も神様に感謝を伝えるだけでお願いごとをするものではないという考え方が一般的です。

神社への参拝は、いまここに生きていられること、豊かな自然の恵みへの感謝を神に伝えるのが一番の目的です。

お願いごとがある場合も「神頼み」ではなくて「自分(たち)はこの目標に向かって努力するのでお守りください」と誓願をたてる場なのですね。

「こうなりたくてあれも欲しいから神様なんとかしといて」では願ったとしてもまったく無意味だということです。

「やせたいけど毎日ゴロゴロして寝る前のカップラーメンと大福はやめないから神様が私を痩せさせといて」ではNG。

「今年こそやせたいので太りやすいものは食べません。運動も精いっぱい頑張りますのでダイエットへお力をお貸しください」はOKという感じです。

またお賽銭の金額の話に戻ります。

今ではお金をお賽銭箱に入れるのが普通ですが、貨幣が流通する前に神前に捧げたものは「お米、稲穂」でした。

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お米は日本人の大切な命の糧です。

この命の糧である大切なお米や稲穂を神様に捧げることは、見返りを求めない、私利私欲を捨てた神を敬う気持ちでの祈りをあらわします。

もちろんお賽銭の金額は1円でも5円でも十分良いと思います。

お賽銭の金額とご利益があるかないかは関係ありません。

でも自分にとって惜しくない以上の金額を神様の感謝としてお供えする心持ちが願い事の成就につながることはあるかもしれません。

その理由は以下に書きます。

特に初詣のような一年の誓いを神様の前で立てて祈るときはいつもより気持ちが引き締まる金額を用意することは望ましいですね。

お賽銭 ご利益と金額の関係は?

100円でも10000円でも1万円でも普段の自分にとって少し大きな金額をお賽銭としてお供えするのがなぜ願い事の成就につながるのかの見解です。

自分にとっては痛手となる金額をお賽銭としてお供えする、つまりは昔でいうお米=命の糧が足りなくなる可能性もありますね。

それがたとえ神様に捧げて足りなくなってもこの願いを成就したいんだ!という強い気持ちが願い事が叶うカギかと思います。

それほどかなえたい強い望みであれば、願った人も日々目標に向かって努力を惜しまないはずですね。

そうするとお参りでの願い事が叶いやすくなるのは道理にかなっていないでしょうか?

つまりお賽銭が多かったからご利益があったと言うことではなく、多くのお賽銭を供えるほど感謝と願いをかなえるための強い心構えで暮らすうちに結果がご利益として現れたと考えると良いと思います。

また、世のビジネス成功者たちが神社へのお参りを欠かさず神仏を崇敬するという話は有名です。

目に見えない存在の力を敬い、畏怖の念を抱き、大切にするという心はどうやらこの世での成功につながっているような気がしませんか?

そのように敬うありがたい存在に対して精一杯の感謝の気持ちを表し、心願成就のご加護をお願いするならいくらくらいお賽銭としてお供えしましょうか?

やはりある程度の命の糧=米=お金の額でなくてはならないような気がします。

ある程度の金額といってもその人のおかれた環境などでも差が大きいものですから一概にいくらとは言えません。

ある人は「100円から500円」と言い、ある人は「1000円」「1万円」、またある人は「10万円!」と言うかもしれませんね。

自分にとってお財布からなくなると痛いと思える金額という目安で良いと思います。
(ご参考までに私は去年1000円をお賽銭にしました)

毎度のお参りで大きな金額をお供えするのはなかなか難しいでしょうから、新しい一年のスタートの初詣の時だけはこのお賽銭ルールにしてみてはいかがでしょうか?

お賽銭のお金の意味から考える

お賽銭の額の多少で願い事が叶ったり叶わなかったりすることはありません。

まず、お供えするお賽銭の額に全く決まりはありません。

そもそもお賽銭の原型はもともと命の糧であったお米をささげることで神様への感謝を表すお供えです。

神社参りは神頼みのお願いごとをする場ではなく、ご加護や恵みに感謝した後に望みの誓願、祈願をするところです。

自分にとって「惜しいけどお参りで伝える感謝と願いにはそれほどの価値がある」と思える金額をお賽銭としてお供えする心持ちで祈願したことは叶いやすいかもしれません。

なぜならそれほど自分にとって大切な願いを達成するためには日々の努力を自分が惜しまないからです。

そして神様はひたむきな努力をする人がお好きなようですよ。

結論
自分にとって少し無理があるくらいの額のほうが願いが叶いやすくなる可能性大!

こちらが一緒に読まれています↓
二礼二拍手一礼のやり方や意味は?神社お参りの作法

ご参考になれば幸いです。

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